佐助は春琴の奏でる妙音が盲(めしい)になって気付く |
谷崎潤一郎の『春琴抄』の中で、
春琴の弟子であった佐助は
三味線がなかなか上手にならず春琴に叱られてばかりでしたが、
ある事件をきっかけに失明してから、めきめき腕を上げ、
その時に言った言葉がこれ。
何と勿体ないことでしょうか。
あるいは、それまで如何に真剣みが無かったということでしょうか。
車の運転でも、
「重大事故を起こしてから自身の危険運転を反省する」
という人が多いようです。
皆さんはそんなことの無いように、
先人たちの苦労や知恵をぜひ自分のものにしていただきたいと思います。
そのための教習なのですから。
もっとも、谷崎文学では、
春琴の佐助に対する感情の起伏も描かれているので、
この言葉だけ抜き出して文字通りに解釈してはいけないのかも知れませんが。
※当ブログは「にほんブログ村」に参加しています。
ぜひ1日1クリックの応援をお願いいたします。
(クリックしていただくと、当ブログにポイントが入り、ランキングページが開きます。)
↓
にほんブログ村
