外国語を学ぶようなもの? |
小生が大学入学前に浪人していたころ(もう30年も前の話)、
某Yゼミナールの名物講師・野村嗣男氏が、
著書の「まえがき」にこんなことを書いていました。
「このごろの高校生にとっては、
古典を学ぶのは外国語を学ぶようなものだ」
ということが言われる。
氏は、この態度の落ち行く先が
「勉強しない」ということになるのが問題であると指摘し、
次のようにまとめています。
まじめに、適切な方法で勉強してゆけば、
古典は思ったほどらくなものではなく、
また思ったほどむずかしいものでもない
この言は、そっくりそのまま、
一発試験についても使えますね。
まじめに、適切な方法で練習して受験すれば、
一発試験は思ったほどらくなものではなく、
また思ったほどむずかしいものでもありません。
この言の“肝”は、
「まじめに」、「適切な方法で」という辺りでしょうが、
それが、そんなに簡単ではないことは分かっています。
でも、そのためにこそ、我々の存在意義もあるわけで。
一発試験をナメることなく、また、過度に恐れることもなく、
しっかり練習していきましょう。
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